読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画レビュー『善き人のためのソナタ』

映画

善き人のためのソナタ』(ドイツ、2006)

監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク

評価:★★★★★


映画 善き人のためのソナタ - YouTube

すげぇ……めちゃくちゃおもしろかった。

個人的なイメージなんだけど、ドイツってすごく峻厳で、物静かで、あまり笑わない生真面目なイメージがある。

そのイメージそのままの、作品全体に深い哀愁と、厳かな空気感が漂う映画。

アメリカのように派手じゃなく、イギリスのようにロックでオシャレでもなく、フランスのようにカラフルじゃなく、イタリアのように陽気でもなく、日本のようにユルくもない。

ただ淡々と、寒々しくて物悲しい。

だけど、ハリウッド並にものすごくドキドキするし、感動巨編のように心をぎゅっと掴まれる。

不思議だ、アクションシーンなんてないんだよ? 登場人物みんな笑わないんだよ? 2時間ずっとピリピリしてるんだよ?

それなのになんだろう、この魂の震わされ方は……。

 

舞台は1984年の東ドイツ。

主人公のヴィースラーは、国家保安省(シュタージ)ってところに務める、それなりに社会的な身分のある一人の男。

この人は、もう絵に描いたように規律やルールを重んじる人で、エメリヤーエンコ・ヒョードルじゃないけれど、淡々と、まるで機械のように、にやりともせず、東ドイツに対する反乱分子を何十時間も尋問し、朝も昼も夜も盗聴し、逮捕する。

部屋は質素で、本もなければ音楽もかけない。

ただひたすら東ドイツのために、社会主義の発展のために、自分を捧げる。

そんな彼が、ある劇作家と出会う。

……出会うと言っても、その劇作家は東ドイツに対する反体制の疑いがあり(その疑いも、主人公の同僚の昇進願望やら、大臣の嫉妬やら、さまざまなくだらない思惑が絡んでいたりするんだけど)、ヴィースラーは、彼を盗聴せよと命じられる。

劇作家の部屋のあらゆる場所に盗聴器を仕掛け、二十四時間、盗聴し続ける。

東ドイツという社会のために人間性を捨て、反乱分子を見つけ出すために盗聴を続けるヴィースラーは、盗聴によって、その劇作家の生活から、その劇作家が愛していた西ドイツの芸術の文化に触れる。

それがきっかけとなって、ヴィースラーの心に、少しずつ変化が訪れる。

……というのが、おおまかなストーリー。

これだけ書くと、「あぁ、なんかヒューマンドラマっぽいな」って感じなんだけど、意外とサスペンス。

この映画で描かれる東ドイツは自由を求める国民と、それを取り締まる国家がすごく対立していて(実際もそうだったのだろうけど)、ヴィースラーは、ちょうどその間に挟まれる。

国民に気付かれないよう劇作家を盗聴し続ける。と同時に、当局に気付かれないよう劇作家の生み出す芸術と、東ドイツにもたらすであろう革命をこっそり支持し続ける。

ハリウッドの映画なんかだと、裏切りの疑惑を抱かれた主人公は、銃を突きつけられたり、なんか美人のお姉さんにカマ掛けられたり、激しい拷問を受けるんだろうけれど、この映画にそんな描写は一切ない。

本当に淡々と、冷静沈着に、時間が過ぎる。あまり起伏もない。けれどヒリヒリするし、ドキドキする。

おもしろい。

 

僕は今年、『ヒトラーとナチ・ドイツ』っていうすごくおもしろい本に出会ってから、少し戦後のドイツに興味がある。

話は逸れるけれど、この本はひさしぶりに新書を読んでいて熱くなった。

当然、ヒトラーとナチ・ドイツを批判する本なのだけど、たった一人の人間(ヒトラー)が、時代の流れと、あらゆる運と、己の信念の強さだけ(『だけ』でもないだろうけど、まぁこの3つが一番強いよなぁ)で、やがて世界を巻き込む大戦争と大虐殺を行うことになるその過程が、とても上手に、読んでいて引き込まれるような展開を盛り込みつつ、描かれている。

ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)

ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)

 

ドイツって、第一次世界大戦でとんでもないことになって、第二次世界大戦の引き金を引いて、けれど今はEUの経済的な中心で、「なんか不思議な国」って、勉強不足もあって個人的に思う。

日本と似ているところがあるから、余計にそう思うのだろう。

映画の話に戻れば、映画では(きっと実際も……多分ね)、西ドイツは自由の象徴、希望のシンボルとして描かれる。

この映画は、そういった西ドイツの芸術による自由の渇望や体制への批判が、張り詰めた空気の中で、ささやかな希望として扱われている。

うん、希望の映画なんだよな。

そして、二人の人間の友情ドラマでもあったりする。

それが理解できるのはラストの数分で、あの終わり方、痺れるなぁ。特に最後の一言、素晴らしいと思う。あれで長く厳かな映画がもっかい、引き締まったなぁ……。

 

良かった。

かつて、ここまで『笑顔』の少ない映画があっただろうか?

途中、冗談を言い合うシーンがちょこっとだけあるんだけど、主人公は黙ったままです。そして冗談や笑いもそこだけしか出てきません。

でも、すごくいいです。

ぜひ、観て欲しい。

Yahoo!映画の評価。4.48か。すげぇ。まぁ、納得だわ。

movies.yahoo.co.jp